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東京地方裁判所 平成3年(ワ)16754号 判決

原告

ロバーツ・エイチ・ジョナサン

右訴訟代理人弁護士

大貫憲介

被告

株式会社ユニスコープ

右代表者代表取締役

ロビン・マッソン

右訴訟代理人弁護士

中山博善

主文

一  原告の第一次的請求を棄却する。

二  原告の第二次的請求のうち、解雇の無効確認を求める訴えを却下し、その余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(第一次的請求)

1 被告は、原告に対し、金四一八万二四〇八円及びこれに対する平成三年七月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(第二次的請求)

1 被告が平成三年七月一二日付けで原告に対してした解雇の意思表示が無効であることを確認する。

2 原告と被告との間で、原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

3 被告は、原告に対し、金三五〇万二四〇八円及びこれに対する平成四年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員並びに平成四年四月以降毎月末日限り金四六万三七五〇円を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(第一次的請求)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(第二次的請求)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(第一次的請求)

1 原告は、英国籍を有する外国人である。

被告は、翻訳業務等を目的とし、半導体等に関する日本語の技術文書を英文技術文書に翻訳することを主要な業務とする株式会社である。

2 原告は、平成二年三月二八日頃、被告との間で、次の条件で期間一年の雇用契約を締結した。

(一) 職種 英文技術文書編集

(二) 報酬 年間金五二五万円

(三) 支払方法 年間報酬の八五パーセントの一二分の一を毎月二五日に支払い、その一五パーセントを賞与として支払う。

3 原告と被告は、平成三年六月上旬、右2の雇用契約を更新し、雇用期間を平成四年三月まで、年間報酬額を六パーセント増額した金五五六万五〇〇〇円とし、その一二分の一を各月に分割して支払う旨の合意をした。

4 被告は、平成三年七月一二日、原告に対し、原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)

5 本件解雇後、被告は、原告に対し、本件解雇理由として、(一)原告が仕事の納期を遵守しなかったこと、(二)従前の勤務態度を改めると誓約したにもかかわらず、その誓約を破ったこと、(三)他の社員との協調性を著しく欠いていたこと、(四)タイムカードを押さなかったこと等を説明したが、本件解雇理由はいずれも捏造されたものである。

6 したがって、本件解雇はやむことを得ざる事由を欠く違法な解雇であるから、原告は被告に対して本件解雇によって被った損害賠償を請求しうるところ、原告の被った損害額は、次のとおりである。

(一) 年間雇用契約に基づく年間報酬金五五六万五〇〇〇円から支払ずみの金二〇六万二五九二円を控除した未払報酬金三五〇万二四〇八円

(二) 慰謝料金三〇万円

(三) 弁護士費用として右(一)及び(二)の合計額の一〇パーセント相当額である金三八万円

(第二次的請求)

1 第一次的請求の請求原因1のとおり。

2 原告は、平成二年三月二八日頃、被告との間で、第一次的請求の請求原因2の(一)ないし(三)の条件で期間の定めのない雇用契約を締結した。

3 原告と被告は、平成三年六月上旬、年間報酬を六パーセント増額した金五五六万五〇〇〇円とし、その一二分の一である金四六万三七五〇円を毎月末日に支払う旨の報酬更改の合意をした。

4 第一次的請求の請求原因4のとおり。

5 第一次的請求の請求原因5のとおり。したがって、本件解雇は、解雇権の濫用として無効な解雇である。

6 原告は、被告から、平成三年四月支払分から平成四年三月支払分までの年間報酬金五五六万五〇〇〇円のうち、賃金及び解雇予告手当として合計金二〇六万二五九二円の支払を受けたが、その余の報酬金三五〇万二四〇八円の支払を受けていない。

よって、原告は、被告に対し、第一次的に不法行為に基づく損害賠償として金四一八万二四〇八円及びこれに対する弁済期経過後の日である平成三年七月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、仮に、第一次的請求において未払報酬金相当額の損害賠償請求が損害がない或いは本件解雇と相当因果関係がないとの理由で認容されないときは、第二次的に、本件解雇が無効であることの確認、被告の従業員としての地位確認、賃金請求権に基づき、平成四年三月分までの未払報酬金三五〇万二四〇八円及びこれに対する弁済期経過後の日である平成四年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに平成四年四月以降毎月末日限り金四六万三七五〇円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(第一次的請求)

1 第一次的請求の請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、雇用期間が一年であることは否認し、その余は認める。被告においては、豪州で採用された者に限り期間一年の雇用契約を締結し、外国人を含めて日本国内で採用された者については期間の定めのない雇用契約を締結していたところ、原告は、豪州では不採用となり、日本国内で採用されたものであるから、雇用期間の定めのない一般社員である。

3 同3の事実のうち、平成三年六月上旬に雇用契約を更新したことについては否認し、その余は認める。被告は、同年四月三〇日頃、原告からの一〇パーセントの昇給要求に対し、原告の勤務状況に鑑み、六パーセントに減額して報酬更改の合意をしたものである。

4 同4の事実のうち、被告が原告に対して解雇の意思表示をしたことは認め、解雇年月日は否認する。被告は、原告に対し、雇用形態を社外編集業務に変更することを受け入れれば、引き続き雇用することを通告したが、原告がこれを拒否したので、平成三年七月一七日にやむなく原告を解雇したものである。

5 同5の事実のうち、本件解雇理由が捏造されたものであることは否認し、その余は認める。本件解雇理由は、第一次的請求の被告の主張1のとおりである。

6 同6は争う。

(第二次的請求)

1 第二次的請求の請求原因1及び2は認める。

2 同3の事実のうち、報酬更改の合意をしたのが平成三年六月上旬であることは否認し、その余は認める。右合意をしたのは、同年四月三〇日頃である。

3 同4の事実に対する認否は、第一次的請求の請求原因4に対する認否のとおり。

4 同5の事実に対する認否は、第一次的請求の請求原因5に対する認否のとおり。

5 同6の事実は否認する。

三  被告の主張

(第一次的請求)

1 本件解雇に至る経緯は次のとおりであり、本件解雇にはやむことを得ざる事由があった。

(一) 原告は、入社五カ月目に携わったチームによるセイコーエプソンのICソフトウエアの取扱説明書の制作業務において、制作進行管理者と合意のうえで取り決めた納期を守らなかったうえ、編集責任者と取り決めていた仕様を独断で変更し、納期直前になって、収拾困難な混乱を生じさせた。

(二) 原告は、編集担当者として勤務していたが、図面制作担当者に対する図面制作指図をするにあたって、気まぐれとしか考えられない度重なる無理な仕様変更を指図した。原告は、平成二年一一月頃、指図に従わないとして、図面制作担当者を洞喝するなどのトラブルを起こし、平成三年一月及び二月のバンクーバー出張中も、プロジェクトリーダーの指示に従わず、仕様を勝手に変更するなど、他の社員との協調性を著しく欠き、社内秩序を乱す行動に終始した。

(三) 被告代表者は、原告がバンクーバーから戻った後、原告に対し、再三にわたり、勤務態度を改めるように忠告したが、原告はこれを無視し、制作進行管理者及び編集責任者に管理されることに異議を唱えたり、同じ仕事の繰り返しに不満を述べ、自分を管理職にするように要求するなど、社内秩序を無視する態度をとり続けた。

(四) バンクーバー出張後、原告の勤務態度が以前にも増して悪くなったので、被告代表者は、他の社員と話し合った結果、原告には、制作進行管理者及び編集責任者の監督下で、一定の枠をはめた仕事をしてもらうほかないと判断し、原告が従来の勤務態度の改善を誓約することを条件にして原告との雇用関係を継続することにした。被告代表者と原告との話合いは数回に及び、平成三年四月三〇日頃、原告が右条件を容れ、勤務態度を改めることを誓約したので、被告は、原告との間の雇用関係を継続することにして、二年目の報酬を更改した。

(五) ところが、その後も、勤務時間を守らない、合意した納期を守らない、制作進行管理者ら上司の指示に従わない、管理されることの反発として帰国後から五月下旬までの二カ月間タイムカードを押さない、スケジュール表を破り捨てるなど、原告の勤務態度は、ますます悪くなった。そこで、被告代表者は、平成三年六月一日、原告に対し、書面で解雇の予告をして注意を喚起したところ、原告は、タイムカードこそ押すようにはなったものの、これまでの勤務態度を改めなかった。本件解雇直前にも、三洋電機株式会社の同月二八日納期の業務において、原告の要請を受けて納期を同年七月五日まで延長したにもかかわらず、原告が延長した納期すらも守らなかったため、当該業務を原告から引き上げるという事態が生じた。その際も、原告は、自己の非を認めず、タイピスト及び図面制作担当者にその責任を転嫁する態度であった。

(六) 被告代表者は、平成三年七月一二日朝、原告が担当していた業務の進行状況を原告に確認したところ、原告は、「あんなやつらが勝手に作ったスケジュールなんてばかばかしくてやってられるか。」と暴言を吐いた。被告代表者は、右暴言を聞くに及んで、右同日、原告に対し、雇用形態を変更する旨を通告して、一週間後の来社を要請した。

(七) 被告代表者は、平成三年七月一七日、原告に対し、被告が契約しているアパートに引き続き居住しながら、納期を守ることを条件として、一定量の仕事を社外でしてもらう外注方式を提案したが、原告に拒否されたため、やむなく原告を解雇した。

2 仮に、本件解雇が違法であるとしても、原告は、平成三年九月五日株式会社恒陽印刷所(以下「恒陽印刷」という。)との間で、期間一年、賃金月額四三万五〇〇〇円の条件で雇用契約を締結し、同年一二月二一日正社員となり、現在まで稼働している。

したがって、原告は、右の雇用契約締結以前は被告に対して賃金請求権を有し、雇用契約締結以降は被告に対する労務提供の意思を喪失し、しかも、被告から得ていた賃金よりも多額の年間六〇〇万円の賃金を得ているから、原告には賃金相当額の損害がないか、仮に賃金相当額の損害があったとしても本件解雇との間に相当因果関係はない。

(第二次的請求)

1 第一次的請求の被告の主張1のとおり。したがって、本件解雇は有効である。

2 同2のとおり。したがって、原告は、恒陽印刷所と雇用契約を締結した時点で、被告に対する労務提供の意思を喪失しているから、少なくとも右時点以降の賃金請求権を有しない。

四  被告の主張に対する原告の認否

(第一次的請求)

1(一) 第一次的請求の被告の主張1の事実は否認する。原告は、ICソフトウエアの取扱説明書の制作業務において、納期直前になって収拾困難な混乱を生じさせたことはない。右の件では、原告が休暇をとっている間に被告代表者らが原告作成の原稿を修正したことは認めるが、これをもって原告を非難することはできない。この業務の後に、セイコーエプソン・バンクーバーのプロジェクトの重要な業務を原告が任された事実からみても、被告の右主張は虚偽であることは明らかである。

(二) 同1(二)の事実は否認する。バンクーバーでの業務の後、被告が、原告の婚約者のためにバンクーバー行きの切符を被告負担で手配したり、原告に対して慰労休暇を付与し、かつ特別賞与を支給したことからみても、原告がバンクーバー出張中に問題を起こしていないことは明らかである。

(三) 同1(三)の事実は否認する。

(四) 同1(四)の事実は否認する。原告は、被告からこれまでの勤務態度の改善を条件に雇用契約を継続するとの誓約を求められたことはない。このことは、被告が原告の実績を評価して平成三年度の原告の年間報酬を六パーセント昇給させたことからみても明らかである。

(五) 同1(五)の事実は否認する。原告は、誤ってスケジュール表を丸めたことはあったが、これを破り捨てて投げ付けたことはない。また、原告は、タイムカード導入時にタイムカードを押さなかったことはあるが、被告代表者から注意を受けてからはタイムカードを押すようになった。しかも、被告においては、勤務時間にそれほど厳格でなく、残業手当も支給されていなかったのであるから、タイムカードを押さなかったことは、解雇理由とはなりえない。三洋電機株式会社の業務の件が本件解雇の理由たりえないことは、第一次的請求の被告の主張に対する原告の反論1のとおりである。

(六) 同1(六)の事実は否認する。被告代表者が被告に通告したのは解雇であって、雇用形態の変更ではない。

(七) 同1(七)の事実のうち、解雇通告後、パートタイマーで雇ってやるとの申し出があったことは認め、その余は否認する。

2 同2のうち、原告が平成三年九月五日恒陽印刷との間で期間一年、賃金月額四三万五〇〇〇円の条件で雇用契約を締結し、同年一二月二一日正社員となり、現在まで稼働している事実は認め、その余の被告の主張は争う。

(第二次的請求)

第二次的請求の被告の主張1及び2に対する認否は、それぞれ第一次的請求の被告の主張に対する認否1及び2のとおり。

五  被告の主張に対する原告の反論

(第一次的請求)

1 被告代表者は、激情の赴くまま原告を解雇したものであり、被告の主張する解雇理由は存在しない。被告代表者は、平成三年七月五日、原告に対し、同月八日までに原稿を修正し被告代表者に提出するように命じたが、その際の打合せでは、被告代表者が、修正されるべき点が修正されているかを確認したうえでタイプに回すことになっていたので、原告は、同月八日、修正原稿をタイプに回さずに被告代表者の机上に置いた。ところが、被告代表者は、同月一二日、原告との右打合せの内容を忘れ、タイプに回すのは編集者である原告の責任であると一方的に非難したので、原告が、タイプに回すのは被告代表者の責任であると反論したところ、従業員から自分の落度を指摘されることを嫌っていた被告代表者は、原告が反論したことに激怒し、激情の赴くまま被告を解雇したのである。

2 原告は、被告から不当解雇され、収入源を絶たれ困窮していたところ、婚姻を控えて多額の費用の支出も予想されていたので、やむなく恒陽印刷所に就職したが、被告が不当解雇を撤回すれば、いつでも被告に対して労務を提供する意思を有している。したがって、原告は、被告に対し、恒陽印刷所に就職した以降についても賃金相当額の損害賠償を請求しうる。

(第二次的請求)

1 第二次的請求の原告の反論1のとおり。

2 同2のとおり。したがって、原告は、被告に対し、恒陽印刷所に就職した時点以降についても賃金請求権を有する。

また、仮に、本件解雇以降の賃金から原告が他の事業所で得ていた収入を控除するとしても、労働基準法二六条の趣旨から、控除しうるのは原告の賃金の四割の範囲に限られるべきである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

第一第一次的請求について

一  原告が英国籍を有する外国人であること、被告は、翻訳業務等を目的とし、半導体等に関する日本語の技術文書を英文技術文書に翻訳することを主要な業務とする株式会社であること、原告が、平成二年三月二八日頃、被告との間で、職種は英文技術文書編集、報酬額は年間金五二五万円、報酬額の支払方法はその八五パーセントの一二分の一を毎月二五日に支払い、その一五パーセントを賞与として支払うとの条件で雇用契約を締結したこと(以下「本件雇用契約」という。)、被告が、平成三年七月、原告に対し、原告を解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない(なお、本件雇用契約の雇用期間及び解雇日については争いがある。)。

二  まず、本件雇用契約が期間一年の雇用契約であるか、期間の定めのない雇用契約であるか否かについて判断する。

1  成立に争いのない(証拠略)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果は措信しない。

(一) 被告は、豪州において英文技術文書編集社員を募集し、英文技術文書編集社員のほとんどを豪州で採用してきた。被告においては、豪州で採用された社員は、期間一年の雇用契約を締結し、豪州において雇用契約書及び渡航費用に関する契約書を取り交わし、被告が受入先企業として保証人となり、就労査証を取得して来日していたが、外国人を含めて日本国内で採用された社員については、期間の定めのない雇用契約を締結し、雇用契約書を取り交わさない扱いとされていた。

(二) 原告は、豪州において被告の英文技術文書編集社員の募集に応募して面接を受け不採用となったが、採用不採用を問わず訪日するという事情があったため、被告の現地採用代理人は、原告に対し、訪日後に被告の面接を再度受けることを助言した。原告は、観光査証で来日し、平成二年三月二八日頃、被告の再度の面接を受けて、被告との間で雇用契約を締結した。右雇用契約締結の際、雇用契約書は作成されず、被告代表者は、原告に対し、雇用期間については、査証次第であって、在留許可の期間である旨を説明した。

(三) 原告は、平成二年六月八日、在留資格変更許可の申請をし、同年八月二七日に人文知識・国際業務の在留資格で、平成三年六月一四日までの期間一年の在留を許可され、右在留期間の満了に伴って、更に期間一年の在留期間更新の許可を受けた。雇用期間について、在留資格変更許可申請書の「雇用期間」の欄には「一年(六か月)」と記載され、在留期間更新許可申請書の「雇用期間」の欄には「一ケ年」とそれぞれ記載されていた。また、右各申請書に添付されていた平成二年六月五日付け及び平成三年六月一日付け各雇用契約書には、その「雇用期間」の欄に「在留資格変更許可日より当該資格許可期間まで」、「昇給」の欄に「原則として一年間はしない。」、「その他」の欄に「雇用期間満了時(許可期間満了時)に双方の合意及び関係官庁の許可如何により延長できるものとする。ただし、当社としては、本邦在留許可期間の勤務可能なすべての期間の雇用を保障する。」とそれぞれ記載されていた。もっとも、右各雇用契約書は、在留手続の際にその目的のために作成されたものであって、原告に提示すらされなかった。

(四) 被告においては、外国人の賃金について、年間報酬に慣れている外国人の理解を得るために、年間報酬額を提示したうえで月額報酬を割り出す年棒(ママ)制を採用していたが、原告に対しても、雇用契約締結時及び昇給時に、年棒制による報酬合意をした。もっとも、被告においては、期間一年の雇用契約を締結した年間契約社員については、年間報酬の外に一時金が支払われているのに対し、原告の場合には、年間報酬の中に一時金が含まれており、年間契約社員と異なる扱いを受けていた。

2  右に認定した事実に基づいて考えてみると、本件各申請書の雇用期間欄に期間一年である旨の記載があり、また、本件各申請書に添付された各雇用契約書の雇用期間欄には当該資格許可期間までとする旨の記載があるが、右各雇用契約書は、原告と被告間で取り交わされたものでないばかりか、原告に提示すらされていないものであり、しかも、実際の雇用契約締結月日から二か月以上も経た後の在留資格変更許可申請時及びその一年後の在留期間更新許可申請時に、本件各申請書の添付資料として、その目的のために作成されたものであること、本件各申請書及び雇用契約書の右記載を実質的なものであるとすると、平成三年三月までの期間一年の雇用契約であったとする原告の主張とも符合しないこと、出入国管理法上、外国人の場合には在留期間に限り在留資格に基づく活動ができるにとどまるという制約があることなどからすれば、本件各申請書及び雇用契約書の雇用期間欄の記載は、在留手続上の形式的なものにすぎないものとみる余地があるから、右記載だけをもって、本件雇用契約が当然期間一年のものであったと結論付けることはできない。また、被告が原告に対して賃金条件として年間報酬額を提示したことについてみても、賃金形態としての年間報酬と雇用契約が期間の定めのないものであることとは何ら矛盾するものではないから、右事実も期間一年の雇用契約を裏付けるものとはなりえない。かえって、前記1で認定した事実によれば、被告においては、豪州で採用され、あらかじめ就労査証を取得した者に限り期間一年の雇用契約を締結し、外国人を含めて日本国内で採用された者については期間の定めのない雇用契約を締結していたところ、原告は、豪州では不採用となり、観光査証で来日後、日本国内で採用されたものであること、本件雇用契約締結の時点では、在留資格変更及び在留期間更新が許可されるか否か不確定であることから、被告代表者も、雇用期間は査証次第であり、在留許可の期間である旨説明するにとどまっていること、各雇用契約書中には、在留期間が更新される限り原告との雇用関係の継続を保障する趣旨の記載があることなどが認められ、これらの点に、本件雇用契約は外国人が在留期間に限り在留資格に基づく活動ができることを前提に締結されたものであることを併せ考慮すれば、本件雇用契約は、原告の主張するような期間一年のものではなく、在留資格変更及び在留期間更新が許可されない場合には雇止めにするとの内容の期間の定めのないものと認めるのが相当である。

以上によれば、本件雇用契約は期間の定めのないものであると認められるから、解雇は、原則として自由ではあるが、当該具体的事情の下で解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができない場合には、解雇権の濫用に当たり、不法行為として使用者に損害賠償義務を生ぜしめうると解するのが相当である。

三  そこで、本件解雇が解雇権の濫用として違法なものであるか否かについて判断する。

1  (証拠略)によれば、本件解雇に至る経緯について、以下の事実が認められ、この認定に反する(証拠略)及び原告本人尋問の結果は措信することができない。

(一) 被告は、国内電子メーカーが製品に添付する、又は製品の販売活動に使用する英文技術文書を制作している会社である。英文技術文書の制作は、日本語で書かれた原稿を翻訳家が英訳し、その原稿をもとに英文技術文書編集者が加筆、訂正、編集を行い、英語圏の技術者が日頃慣れ親しんでいる形式の英文技術文書を仕上げるという内容のものである。そして、被告における英文技術文書制作業務は、大きなプロジェクトにおいては、小人数からなるチームを組んで作業が行なわれていた。

(二) 被告は、セイコーエプソン社からASIC(IC)設計用のソフトウエアの取扱説明書の制作を受注し、原告を含む英文技術文書編集者三名が分担して右取扱説明書を制作したが、平成四年八月頃、原告が担当した部分がスケジュール通りに進行せず、しかも、原告が編集者間であらかじめ取り決めていた仕様を独断で変更したために原告の担当した部分だけが他の担当者の原稿と仕様の統一がとれていないことが納期直前になって判明した。被告代表者は、原告に対し、納期までに仕様を修正することを指示したが、原告がこれに従わなかったため、被告代表者と他の部分を担当していた二名の編集者は、残業と休日出勤により原告が担当していた部分を書き直し、納期までに右業務を完成させた。

(三) 英文技術文書中の技術図面については、編集担当者が、社内の図面制作担当者に指図書により図面制作を指示するか、図面制作担当者を経由して社外のサプライヤーに外注する扱いになっていた。平成二年一一月頃、原告が、図面制作担当者であったジョージ・リーキに図面制作を指図するにあたって、技術的にみて無用な修正を度々加えたことから、ジョージ・リーキが、原告の指示を拒絶する態度を示し、原告と同人との間で言い争いになった。また、社外のサプライヤーであるウェイン・ルートは、被告代表者に対し、原告からの図面制作の依頼は仕様の変更が度々あり、依頼原稿も癖がありすぎて判読が困難であるから、やりたくないとの申入れをし、被告代表者は、原告に対して右の点を改善するように注意した。

(四) 被告代表者は、原告に対し、セイコーエプソン社のプロジェクトのため平成三年一月から三月までのバンクーバー出張を命じた。右業務においては、現地に出張した原告がセイコーエプソン社の開発技術担当者と一緒に基本原稿を制作し、その原稿に基づいて日本にいるもう一名の編集者であるブレット・ウォーターマン(以下「ブレット」という。)が最終原稿を制作するという体制がとられた。原告のバンクーバー出張にあたって、自己のやり方に固執する原告の勤務態度を危惧した被告代表者は、原告と話し合い、右業務に関してはブレットが最終的な権限を持ち、原告の上司であることを説明するとともに、スタッフと協調することを助言し、原告は、これを納得した。

(五) ところが、右業務において、原告は、被告で取り決められていた仕様に従わなかったり、自己の編集方針の赴くまま原稿の修正変更を繰り返したり、また、ブレッド(ママ)の指示を無視して必要な情報を送らなかったりして、あらかじめブレッドとの間で取り決めておいたスケジュールが遅れがちとなった。そのために、ブレットは、平成三年一月一七日、原告に対し、根本的な変更及び一貫性に欠ける変更が多すぎること、原告が「出来ると確信している。」と述べたスケジュールに関してまったく無責任であることを抗議する内容のファックスを送信した。それにもかかわらず、原告の仕事内容が改まらなかったため、ブレットから事態の解決を求められた被告代表者は、同年二月四日、原告に対し、ブレッドに対する態度を叱責し、出張前に原告と合意した前記事項を再度確認したうえで、今後、原告が送る仕事内容は、完全なものであり、かつ被告における仕様に適った統一のとれたものでなければならないこと、ブレッドの指示に従うこと、仕事の進行状況をブレッドに毎日報告することなどを業務命令として指示する内容の電子メールを送付した。なお、原告の出張が三カ月間に及ぶ海外出張であったため、被告代表者は、原告に対し、出張中婚約者のバンクーバー行きの切符を被告の負担で手配し、出張後原告に対して帰国前の約八日間の慰労休暇を付与し、かつ特別賞与を支給した。

(六) 原告は、出張から戻った平成三年三月以降、超過勤務をしても残業手当が支給されないことへの不満から、タイムカードを押さなくなった。被告代表者は、同年五月中旬頃、原告に対し、タイムカードを押すように注意し、原告は、同月二一日からタイムカードを押すようになったが、その間の約二カ月間、一度もタイムカードを押さなかった。

(七) 平成三年四月に昇給の合意をするにあたって、原告と被告代表者は、原告の勤務態度について話し合い、原告は、これまでの自己本位の勤務態度を改めること、協調して仕事を行なうことを約束した。更に、被告代表者は、原告については仕事の枠を決めて管理監督体制を厳格にしないと被告の業務に支障をきたし、他の社員にも負担をかけるおそれがあるものと判断し、原告を常時編集責任者及び制作進行管理者の管理下におくこととし、原告に対し、右勤務体制と上司の指示に従うことを求めたところ、原告は、これに同意した。

(八) 右昇給の交渉において、原告は、他の社員と同様の一〇パーセントの増額を要求したが、被告は、これまでの勤務態度を考慮し、六パーセントの増額にとどめた。なお、その際、平成三年三月に支払われるべきボーナスの支払が遅滞していたために、原告と被告は、右ボーナスを同年五月三日、同月三一日、同年六月三〇日の三回の分割で支払うことを合意し、右の二回の五月支払分については右各期日までに支払われたが、六月三〇日支払分については遅れて同年七月三一日に支払われた。また、同年六月末日に支払われるべき六月分賃金が、遅れて同年七月二日に支払われた。

(九) 右(七)の話合い後、原告の仕事が、原告と営業担当者及び制作進行管理者らとの間で取り決めたスケジュールどおりに進行しなかったため、制作進行管理者が、右スケジュールを修正しようとしたところ、原告との間でスケジュールに関する争いが生じ、原告は、同人の目の前で、こんなスケジュールには従えないとして、スケジュール表を破り捨てて投げつけた。また、右事件後、原告は、無断で会社を休むなどしたために、仕事のスケジュールにも影響が生じた。原告の右のような態度をみて、被告代表者は、平成三年六月一日、原告に対し、「問題となるのは、他の従業員との不調和及び経営者側との不調和によるオフィスにおける問題です。これらの問題に関し、過去二週間何回かにわたって話合いをしましたが、何も解決されていません。」、「貴方が出社しなかったこと、そして経営者側と話合いをしなかったことをここに指摘します。」、「これらの点について、再度確認しなければならないとしたら、私は、あなたの辞職をお願いするほかありません。」との内容の文書を手渡して、注意を喚起した。

(一〇) 三洋電気(ママ)株式会社の半導体製品解説書(半導体開発ニューズNo三九五六―LC五八七六/五八七四、LC五八七三/五八七二暫定仕様書)の制作業務において、原告は、制作進行管理者らと協議し取り決めた平成三年六月二八日の納期直前になって、納期までにできないと言い出したため、被告代表者は、やむなく右業務の納期を原告が確実に出来る日として申し出た同年七月五日まで延長することとし、三洋電気株式会社にも納期の延長を要請した。被告代表者は、右同日に原告から仕上げた原稿を受け取ったが、被告における仕様に合致しない点があったために、同月八日までにその部分を修正するように命じ、原告は、同月八日に修正した原稿を黙って被告代表者の机の上に置いておいた。被告代表者は、修正した原稿が机の上に置かれていることを知らずにいたところ、同月一一日、右半導体製品解説書の説明を原告に求めた際、修正した原稿のタイプが仕上がっていないことが判明し、被告代表者と原告との間で、修正した原稿をタイプに回すのが誰の責任であるかについて、争いが生じた。結局、被告代表者は、右業務を原告から引き上げて他の編集者へ依頼して完成させ、同月一九日に顧客へ提出した。

(一一) 被告代表者は、同月一二日朝、右の三洋電気株式会社から受注した半導体製品解説書の制作業務について納期遅れが発生し、同社から納期を守ってほしいとの電話連絡を受け、原告に対し、同日を納期とする三洋電気株式会社の英文技術文書制作業務(半導体開発ニューズNo三八五二―LA二八〇六Mと三洋半導体ニューズNo三八〇六A―LA七四五一M)の進行状況について、何時頃まで出来上がるか原告に確認したところ、原告は、「今日は上がらない。」、「いくら言ってもやらない。」と答えた。原告の右態度からみて、被告代表者は、もはや原告との間の雇用関係を継続するのは困難であると判断し、原告に対し、原告との雇用関係を解消したいとの趣旨の文書を交付し、一週間後に来社することを指示した。

(一二) 被告代表者は、原告の勤務態度からみて、原告は被告での共同作業には向かないと判断したものの、原告の英文技術文書編集者としての能力自体は評価していたことから、同月一七日、来社した原告に対し、借上社宅に引続き居住して、納期を遵守することを条件に、月一定料の仕事を社外でしてもらう外注方式を提案したが、原告は、これを拒否した。被告は、原告に対し、解雇予告手当として、平成三年七月一三日から同年八月一二日までの賃金相当額を支払った。

2  右認定した事実によれば、原告の編集者としての勤務状況は、編集者としての能力こそは平均的なものであり、技術文書の編集にあたって度々修正を加える原告のやり方も、高品質の技術文書に近づけようとする原告の意欲に基づくものと推察され、それ自体は非難に値するものとはいえないが、原告の場合には、自己のやり方に固執する余り被告において定められた仕様に従わない態度をとったり、度重なる修正変更を加えたり、あらかじめ合意したスケジュールどおりに仕事を進行させないことによって、他の共同作業者及び管理者に困惑や迷惑を与えたばかりか、共同作業者及び管理者としばしば争いとなったことが認められるから、原告の勤務態度は、非協調的・独善的なものであったものと評価されてもやむをえないものということができる。また、被告における編集者には、当然のことながら顧客との間で取り決められた納期を遵守しようとする態度が要求され、納期に間に合わないような場合においても、そのことを事前に管理者に対して申告し、社内或いは顧客に対する対応措置を求めるなどして、納期に間に合わないことによる混乱を未然に防止しようとする態度が要求されるところ、右認定した事実によれば、原告の仕事はしばしば遅れがちとなり、納期に遅れることが明らかになっても、そのことを納期直前まで編集責任者に告げないために、納期当日になって業務上の混乱を生じさせたことが認められるのであるから、納期を遵守する態度の面においても、これが欠けていたということができる。しかも、前記1で認定した事実によれば、被告代表者は、原告の右のような勤務態度を理由に直ちに原告を解雇したものではなく、原告が被告に勤務していた約一年五か月の間、原告に対し、その勤務態度の問題点を度々指摘して注意を喚起したり、勤務体制に配慮するなどして、原告の非協調的な勤務態度の改善を求めてきたが、解雇されるまでその勤務態度はついに改善されなかったばかりか、かえって、反抗手段としてタイムカードを押さなかったり、無断欠勤をするなどしたことも認められる。以上の諸事情を総合すれば、本件解雇は、合理的理由があり、解雇権の濫用には当たらないというべきである。

3  右1及び2の認定及び判断に対し、原告は、被告代表者は前記1の(九)の件で感情的になって原告を解雇したものであり、被告の主張する解雇理由は捏造されたものであると主張し、本件解雇に至る経緯についての原告本人尋問の結果、(証拠略)(いずれも原告代理人が原告の陳述を聴取して作成した陳述書)、(証拠略)(原告代理人がジェフリ・ハドソンの陳述を聴取して作成した陳述書)中には原告の主張に沿う部分があるが、その内容は、本件解雇以前に作成され、かつ原告に対して直接その勤務態度の問題点を指摘している(証拠略)(ブレッド・ウォーターマンの原告に対するファックス文書)、(証拠略)(被告代表者の原告に対する電子メール文書)、(証拠略)(被告代表者の原告に対する書簡)の内容と明らかに整合性を欠くものであり、右書証を含めた証拠から明らかに認められる事実経過、すなわち、ブレッドが、バンクーバー出張中の原告に対し、原告の一貫性に欠ける仕様の変更及びスケジュールに対する無責任な態度を抗議する内容のファックスを送っていること、被告代表者が、原告に対し、ブレッドに対する態度及び原告の仕事の状態を叱責する内容の文書を送付したこと、帰国後から二か月間、原告がタイムカードをまったく押さなかったこと、原告の平成三年度の昇給率が原告と同等の他の社員よりも低いものであったこと、昇給にあたって、被告代表者は、原告との間で原告の勤務態度の改善について話合いの場を持ち、更にその後にも、原告の勤務態度の改善を求める文書を交付していること等の経過に照らして不自然であり、その信用性には疑問があるというほかない。これに対し、前記1の認定に沿う被告代表者本人尋問の結果及び(証拠略)(ブレッド・ウォーターマン作成の陳述書)の各内容は、右各書証及び事実経過の内容との整合性の点からみて、その信用性を疑わしめる点はない。したがって、原告の前記主張は採用することができない。

4  以上によれば、本件解雇が解雇権の濫用として違法なものであることを理由に損害賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第二第二次的請求について

一  解雇無効確認の訴えについて

原告は、解雇の無効確認の訴えとともに、雇用関係の確認の訴えをも同時に訴求しているが、解雇の無効確認を求める部分は、過去の法律行為を(ママ)効力の存否を確認の対象とするものであるうえ、後者の原因にすぎないから、端的に現在の法律関係である雇用関係の確認のみを求めれば足り、解雇の無効確認を求める法律上の利益はないものというべきである。したがって、解雇の無効確認を求める訴えの部分は、確認の利益を欠き、不適法なものとして却下するのが相当である。

二  雇用関係確認及び賃金請求の訴えについて

本件解雇が解雇権の濫用に当たらないことは、前記第一の三のとおりであるから、本件解雇が解雇権の濫用として無効であることを前提とする原告の雇用関係確認及び賃金請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三結論

以上によれば、原告の第一次的請求は理由がないからこれを棄却し、第二次的請求のうち、解雇無効確認の訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

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